体験消費が実需になる時代:日本ブランドはいかに「日本の暮らし」を中国市場への入口に変えるか
公開日:2026年5月7日
副題:點萬の視点から見る、日本ブランドの対中展開分析レポート
■ 1. レポート要旨
これまで中国の消費者にとって、日本ブランドの入口はしばしば「商品」でした。ドラッグストアで買う日用品、菓子、家電、アパレル、土産、ベビー用品。そうしたモノの魅力が、日本への信頼を支えてきたのは間違いありません。
ただし、ここ数年の公開データを丁寧に見ると、中国の消費者の関心は「日本の商品」から、「日本で過ごす時間」へと広がり始めています。つまり、価値の重心が“買うこと”だけにあるのではなく、“泊まること”“食べること”“歩くこと”“癒やされること”“撮ること”“人に話したくなること”へ移ってきているのです。
観光庁の2025年暦年速報によれば、訪日外国人旅行消費額は9兆4,559億円で過去最高を更新し、そのうち中国は2兆26億円で最大の市場でした。一方で費目別構成を見ると、宿泊費は36.6%、飲食費は21.9%、買物代は27.0%となっており、消費はすでに「モノを買う」だけでは完結していません。中国の消費者は、日本をひとつの生活体験として消費し始めています。
この変化は、日本ブランドの中国展開にとって重要です。中国市場で問われるのは、もはや「日本製の商品をどう売るか」だけではありません。日本ブランドを、中国の消費者が検索し、体験し、撮影し、共有し、再訪したくなる生活方式の入口に変えられるかが、これからの競争力になります。
點萬の視点: 中国市場での日本ブランドの競争は、商品の優位性そのものより、「日本の暮らし」をどれだけ具体的な体験として伝えられるかに移っています。宿、街、食、移動、買物、余白の時間まで含めて価値に変換できるブランドほど、次の入口をつくりやすくなります。
■ エグゼクティブサマリー
- 2026年の中国市場では、体験消費は単なる流行語ではなく、旅行・宿泊・移動・演出型消費の実データに表れ始めている。
- 中国の消費者は、目的地を先に決めるのではなく、温泉、街歩き、写真映え、親子体験、美食などの「興味」から旅行を組み立てる傾向を強めている。
- 訪日消費の構造も、買物一辺倒ではなく、宿泊費・飲食費・現地体験を含む複合型へ移行している。
- 日本ブランドに必要なのは、商品の翻訳ではなく、体験の翻訳である。日本的な価値を、中国の消費者が理解しやすい場面に置き換える必要がある。
- ホテル、旅館、地方観光、商業施設、飲食、文化体験、ライフスタイルブランドは、いずれも「日本の暮らし」への入口として再設計できる。
■ 2. 体験消費は、すでに実際の消費データに現れている
2026年のメーデー連休は、中国の体験消費を読むうえで象徴的なタイミングでした。商務部の商務ビッグデータによれば、重点プラットフォームにおける全国の省をまたぐ旅行者数は前年同期比7.6%増、うち800キロ以上の中長距離移動は20%増でした。これに伴い、ホテル宿泊消費は18%増、レンタカー注文は21%増、うち都市間利用は67.6%増、演出消費も17.6%増となっています。
ここで重要なのは、伸びているのが単なる「人の移動」ではなく、宿泊、移動手段、現地滞在、イベント参加といった、体験の周辺まで広く含んでいる点です。消費の増加が、モノ単体ではなく、時間の過ごし方そのものに紐づいていることが読み取れます。
中長期でも同じ傾向は続いています。文化和旅游部によれば、2025年の国内旅行者数は65.22億人で前年比16.2%増、国内旅行支出は6.30兆元で同9.5%増でした。2026年第1四半期も旅行者数は19.01億人で6.0%増、支出は1.86兆元で2.9%増となっています。人数の伸びが金額の伸びを上回っていることは、消費者が「何に払うか」を以前より厳しく見極めていることも示しています。
點萬の視点: 中国の消費者は消費をやめたのではなく、「確実に意味がある」と感じられる体験に予算を寄せています。日本ブランドの機会は、商品を単体で見せることより、商品・空間・サービス・文化・発信がつながるひとつの体験理由を設計できるかにあります。
■ 3. 消費者は、まず目的地を選ぶのではなく、先に興味に動かされる
2026年5月に公表された飛猪・小紅書の「五一」出行トレンド報告では、小紅書ユーザーの69%が興味を起点に目的地を決めるとされています。飛猪上でも、体験型商品の伸びは市場全体を上回り、個性の強いローカルな行き先が集中的に伸びました。さらに、AIを使った旅行相談量が清明節比で大きく増え、「AIからの提案」も旅行意思決定の一部に入り始めています。
この変化は、日本ブランドにとって極めて重要です。中国の消費者は「どこへ行くか」を先に決めるのではなく、「何を感じたいか」「どんな自分でいたいか」「誰とどんな時間を過ごしたいか」といった関心から行き先を組み立てています。
| 中国の消費者の興味入口 | 日本ブランドが担える体験シーン |
|---|---|
| 温泉で整いたい | 温泉旅館、地方観光、睡眠・入浴ケア、スキンケア |
| 写真に残したい | ホテル、街区、商業施設、ファッション、美容、撮影サービス |
| おいしい体験がしたい | 地方飲食、食品ブランド、土産、台所用品 |
| 親子で安心して動きたい | テーマ施設、博物館、自然体験、ファミリーホテル |
| ゆっくり過ごしたい | 地方鉄道、長期滞在型ホテル、商店街、喫茶店 |
| イベントのために行きたい | ホテル、交通、飲食、周辺商業施設、物販 |
■ 4. 中国の出境旅行も、定番観光から「体験目的型」へ移りつつある
世界旅游联盟、Mastercard、携程集団などがまとめた『2024-2025跨境旅游消费趋势研究报告』でも、2024年第3四半期から2025年第2四半期末にかけて、中国本土の出境旅行市場は「短距離優先・体験主導」の構図にあると整理されています。日本、韓国、タイなどは引き続き主要な渡航先ですが、その中で重視されているのは、単なる観光名所ではなく、食、文化、滞在、イベント、現地らしさのある時間の過ごし方です。
同レポートでは、Z世代、親子世帯、シニア層が典型的な出境旅行の消費者群として整理されています。Z世代はコストパフォーマンスとSNS上で共有しやすい体験価値を重視し、親子世帯は快適さ、安全性、教育価値、ホテル設備を見ます。シニア層は健康、安全、文化体験を重視します。つまり、日本ブランドは「中国人旅行者」をひとつの塊で見るのではなく、目的と過ごし方の違いで捉える必要があります。
また、同報告や携程関連の公開情報を見ると、越境旅行においても演出・イベント・現地体験の影響力が強まっています。携程が引用するデータでは、SEVENTEENの日本公演期に中国からの訪日注文が前期比57%増となった事例も紹介されています。旅行は、もはや観光地だけを目指す行為ではなく、感情やコミュニティに触れるための移動になっています。
點萬の視点: 日本が中国の消費者に提供しているのは、「良いモノが買える場所」だけではありません。感情が動くイベント、回復できる滞在、文化が感じられる食や街並みまで含めて、日本らしい生活方式が消費対象になり始めています。
■ 5. 訪日中国人を、単なる「買物客」として捉えるのはもう足りない
観光庁の2025年暦年速報では、訪日外国人旅行消費額全体は9兆4,559億円、中国はそのうち2兆26億円を占める最大市場でした。依然として中国は訪日消費における最重要市場のひとつです。
ただし、同じ統計で費目別構成を見ると、宿泊費が36.6%で最大、飲食費が21.9%、買物代が27.0%となっています。買物は依然として大きな要素ですが、それだけで全体を説明することはできません。中国の消費者は、日本に来て「何を買ったか」だけでなく、「どこに泊まったか」「何を食べたか」「どんな空気を感じたか」「誰に話したくなったか」までを含めて日本を消費しています。
これは、日本ブランドにとって大きなヒントです。中国市場への入口は、必ずしもECだけではありません。ホテル、旅館、商店街、百貨店、レストラン、交通事業者、文化施設、地方自治体もまた、中国の消費者が日本の暮らしを理解する入口として機能します。
■ 6. 体験消費の本質は、「内容化できる生活方式」にある
中国のコンテンツプラットフォーム上で体験消費が強いのは、それが単に楽しいからではありません。検索され、撮影され、語られ、比較され、二次流通しやすいからです。温泉宿の朝食、路地裏の喫茶店、雨の日でも歩きやすい商店街、子ども連れでも疲れにくいホテル動線。こうした細部は、写真・動画・検索ワードと非常に相性が良く、他者の意思決定に影響を与えます。
飛猪・小紅書の報告でも、AIによる旅行相談量が増えていることが示されました。ユーザーは今後さらに、「東京で親と泊まりやすい宿」「関西で一泊二日でも満足感の高いルート」「日本で初めて温泉旅館を体験するなら」「センスの良い土産が選べる場所」といった具体的な問いを、検索やAIに投げかけるようになります。
ここでブランド側に必要なのは、抽象的なブランドストーリーではなく、問いに答えられる構造化情報です。誰に向いているのか。どの季節が良いのか。どのくらいの予算感なのか。周辺に何があるのか。どんな失敗を避けられるのか。そうした情報が揃って初めて、ブランドはコンテンツやAIの推薦対象になります。
■ 7. 日本ブランドは「商品を売る」発想から、「体験を設計する」発想へ移る必要がある
これまで多くの日本ブランドは、中国市場を次のような順番で考えてきました。まず商品があり、次に資料を翻訳し、次に販売チャネルを確保し、広告を出して、最後に売上につなげる。いわば「商品中心」の発想です。
しかし、体験消費とコンテンツプラットフォームが結びついた今、より有効なのは「体験中心」の組み立てです。先に中国の消費者がどんな興味から動くかを見つけ、その興味に合わせて日本ブランドを具体的な場面へ分解し、その後で小紅書、抖音、微信、Bilibili、OTAなどに内容資産として載せていく。そのうえで、検索、比較、予約、訪問、共有までがつながる導線を設計していく必要があります。
商品そのものの魅力が不要になるわけではありません。むしろ重要なのは、商品がどの場面で現れるかです。たとえば日本のスキンケアなら、「日本製の化粧品」ではなく、「旅先で肌がゆらぎやすい人が安心して使えるケア」へ。ホテルなら「部屋を提供する施設」ではなく、「初めて日本の朝食、温泉、街のリズムに触れる入口」へ。地方商業施設なら「買物の場所」ではなく、「食事、休憩、土産、写真、回遊を一度に成立させる都市の拠点」へ、という再設計が必要です。
■ 8. ブランド類型ごとに、機会はどう組み替えられるか
ホテル・旅館: 宿泊は「一泊すること」ではなく、日本らしい時間の過ごし方そのものです。部屋タイプ、価格、駅近だけではなく、誰と来る旅行に向いているか、朝食や温泉がどう一日の印象を変えるか、周辺でどんな半日導線が組めるかまでを伝える必要があります。
地方観光: 単なる観光名所の羅列ではなく、温泉回復ルート、親子自然ルート、写真散策ルート、女子ひとり旅ルート、シニア向けゆったり滞在ルートのように、興味単位でルート化するほうが届きやすくなります。
商業施設・百貨店: 買物の場ではなく、都市体験の結節点として再定義できます。雨の日でも歩きやすい、土産と食事が一度で済む、親子でも休みやすい、初訪日でも安心して動ける。そうした価値は、中国市場では十分にコンテンツ化できます。
食品・飲食: 「おいしい」だけではなく、旅行初日の安心感、夜遅くでも重くない食事、友人に渡しやすい土産、オフィスでも食べやすい軽食といった場面に落とし込むほど、理解されやすくなります。
文化体験・ライフスタイルブランド: 茶、工芸、街並み、祭り、デザイン、地域文化は、単なる教養コンテンツではなく、自己表現の場になります。中国の消費者は「日本文化を学ぶ」だけでなく、「その体験を通じて自分らしさを見せたい」と考えています。
■ 9. 點萬の方法論:「体験翻訳」をどう進めるか
點萬では、この変化に対して日本ブランドが必要とする作業を「体験翻訳」と捉えています。単純な言語翻訳ではなく、日本側にある価値を、中国の消費者が理解・検索・比較しやすい形に変換する作業です。
- 第一に、ブランド資産から中国の消費者の興味入口を抽出する。 歴史や品質ではなく、癒やし、親子、写真映え、美食、街歩き、文化、アウトドアなど、最初の関心の接点を見極める。
- 第二に、日本的な価値を具体的な場面へ落とし込む。 「丁寧な接客」は「初めて親を連れて行っても不安が少ない」に、「地元素材」は「朝食ひとつでその土地を理解できる」に変換する。
- 第三に、コンテンツプラットフォーム上で検索資産をつくる。 小紅書、抖音、微信、Bilibili、OTAは露出媒体ではなく、意思決定前の確認装置として扱う。
- 第四に、ユーザーが語り直しやすい体験にする。 体験の魅力をブランドが説明するだけでなく、ユーザー自身がタイトル、写真、動画、口コミとして再構成できる状態をつくる。
- 第五に、AI推薦時代を見据えて情報を整理する。 対象者、交通、価格帯、季節、予約方法、周辺ルート、注意点までを整理し、人にもAIにも理解されやすい中国語情報を準備する。
點萬の視点: これからの中国市場では、広告表現より前に、「ブランドがどう理解されるか」の土台づくりがますます重要になります。人の検索にも、コンテンツにも、AIの推薦にも引っかかる体験構造を先に設計したブランドほど、長い目で見て強くなります。
■ 10. 結論:日本ブランドが本当に輸出すべきなのは、商品だけではなく体験シーンである
2026年の中国市場で起きている変化は明確です。消費者は今も日本に対してお金を払う意欲を持っていますが、購入対象は「日本製」というラベルだけではありません。より具体的な体験、より納得しやすい場面、より自分らしさを表現できる生活方式に対して支払いが起きています。
メーデー連休の旅行・宿泊・レンタカー・演出消費の伸び、飛猪・小紅書が示した興味主導の旅行決定、越境旅行レポートが指摘する体験型消費への移行、そして観光庁統計に見える訪日消費構造の変化。これらはすべて、同じ方向を指しています。
日本ブランドが中国市場で本当に答えるべき問いは、「私たちは日本から来たブランドです」ではありません。中国の消費者は、なぜあなたを検索し、理解し、体験し、撮影し、共有し、最終的に選ぶのか。 その理由を、生活者の言葉で説明できるかどうかです。
點萬は、これからの日本ブランドの対中展開における核心を、商品翻訳ではなく体験翻訳にあると考えています。日本品質を具体的な便益へ、日本の接客を旅行や暮らしの安心へ、日本文化を検索・撮影・共有される内容へ、日本ブランドを中国の消費者が入りたくなる生活方式の入口へ。そこまで変換できて初めて、日本ブランドは中国市場の次の成長機会をつかみやすくなります。
■ 参考にした公開資料
- 観光庁「インバウンド消費動向調査2025年暦年(速報)及び10-12月期(1次速報)の結果について」(2026年1月21日)
- 観光庁「2025年暦年の調査結果(速報)の概要」(費目別構成比・国籍別消費額)
- 文化和旅游部「2025年国内居民出游数据情况」(2026年1月26日)
- 文化和旅游部「2026年一季度国内居民出游数据情况」(2026年4月29日)
- 商务部商務大数据関連公表(2026年メーデー連休の越境移動・宿泊・レンタカー・演出消費)
- 飛猪・小紅書「五一」出行トレンド報告に関する公開報道(2026年5月5日-6日)
- 世界旅游联盟・Mastercard・携程集団『2024-2025跨境旅游消费趋势研究报告』
- 携程関連の公開情報に基づく「演出+旅行」動向データ
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